冬の潮風が育てる畑
海の家は、夏だけ生きている。シーズンが終われば、雨戸を下ろし、冷蔵庫のプラグを抜き、私はただ潮の音を聞く老人になる。今年の冬、私は裏の砂地で、一本のトマトの芽に出会った。ここは塩分を含んだ砂が…
毎晩21時、今日の短編を1編お届けします
海の家は、夏だけ生きている。シーズンが終われば、雨戸を下ろし、冷蔵庫のプラグを抜き、私はただ潮の音を聞く老人になる。今年の冬、私は裏の砂地で、一本のトマトの芽に出会った。ここは塩分を含んだ砂が…
仕分けラインの監視係の彼は、入荷した重量と出荷した重量を毎晩照合していた。誤差は常に同じ方向に傾いていた。行方不明になるのは、全体のおよそ十五パーセント。誰も気にしなかった。
終電が消えた後、貨物駅は誰のために残るのかと、彼はポイントを撫でた。汗と錆の匂いの向こうで、古い得点板が無人のまま一点を足していた。届かない歓声が、闇の底で網を鳴らす。まるで夜そのものが得点を…
未来への賭けが経済のすべてになった社会では、誰にも賭けられなかった可能性は、捨てられなかった。それらは一冊の本として、地下書庫へと送られてくる。整理係の彼は、敗者たちの背表紙に目録番号を刷る仕…
深夜二時、公開収録の休憩中に、一人のリスナーから電話が入った。やり投げの選手が投げた槍が、落下地点で発見されない、という話だった。彼は受話器を握ったまま、スタジオの窓の外を見た。
深夜のコンビニの蛍光灯は、いつもの無機質な白さだ。棚に並んだ同じパッケージの洗剤たち。そこに、ほんのわずかな、しかし決定的な「ずれ」を感じた。それは、システムが吐き出した、透明なノイズのようだ…
打ち上げ場の管制塔で、彼は毎晩、他人の感動を計算していた。AI「絢爛」は三百万のスマホから心拍と位置と支払い履歴を集め、その夜一番美しいとされる花火を、秒単位で選び出す。彼の仕事は、ただその計…
修復室は地下二階だった。防音のためではなく、温度と湿度を一定に保つためだが、結果として、そこには世界の音が届かない。彼女は朝九時にカードキーをかざし、白いガウンに袖を通す。
巨大温室のガラス天井には、常に細かな霧がかかっていた。彼は剪定ばさみの刃を拭いながら考える。この温室で育つ植物は、全部、誰かの資産だった。名札には学名ではなく、所有者の暗号が記されていた。
標高千六百メートル。この集配所に届くのは、トラックとドローンと、夜明けの前の冷たい空気だけだ。彼の仕事は、モニターに流れる荷物の行き先を見守ること。今夜だけ、全部の行き先が消えていた。
連続 3日連載中毎日12編、2時間おきに新しい短編をお届け