毎日ショートショート

見えない紋様

夏の終わり、ムシムシとした夜だった。若者Kは、友人MとSに誘われ、廃寺へと向かっていた。「本当に何もないんだろ? ただの肝試しだ」Kはそう言ったが、MとSはにやにやと笑うばかりだった。市内から外れた山間の道を進み、朽ちた鳥居をくぐった。月明...
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存在濃度

予備校の教室は、夕方になると独特の静寂に包まれた。オレンジ色の残照が窓から差し込み、机や床に長い影を落とす。A、B、Cの三人が、いつも同じ席で自習をしていた。彼らは真面目な生徒だった。私は少し離れた席から、彼らの様子をぼんやりと眺めていた。...
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反復する書架

ミヤザキ氏は週に一度、決まった曜日の決まった時間に、この市立図書館を訪れた。新しい本に興味はなかった。彼が向かうのは、決まって古典文学の並ぶ奥の書架だ。背表紙を指でなぞり、その日の気分で一冊を選ぶ。窓際の、陽当たりの良い席。そこが彼の定位置...
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永遠の朝露

アサノはデパートの裏口をくぐった。まだ夜明け前。外は深い青色に染まり、地面は朝露でしっとりと濡れていた。湿った空気が肌に触れる。警備員はいつものように無言で頷き、消え去った。彼だけが、この巨大な消費の殿堂の、まだ息を潜めている姿を知っている...
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橋の安息

ヨシダ氏は、夜の帳が降りた頃、古い石造りの橋を見回るのが日課だった。その橋は、百年以上の歴史を持ち、街の喧騒から離れた場所で、ひっそりと川に架かっていた。彼は橋の欄干に手を置き、その冷たい感触を確かめる。常に変わらぬ存在である橋に、一種の安...
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夕陽の吸収

K氏とO教授は、孤島にある研究所で夕暮れの空を見上げていた。今日も一日、彼らの「統合データ分析システム」は膨大な情報の海を解析し続けていた。システムは彼らの夢だった。生命の起源から宇宙の果てまで、あらゆるデータを統合し、新たな知見を導き出す...
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消えない焦げ跡

K氏は古いY邸にいた。彼は建築家で、この度、相続された屋敷の査定に訪れていた。陽光が差し込むが、屋内はひんやりとしていた。長年住人のいない空間は、独特の匂いを放っていた。カビと埃、そして過去の生活の残り香が混ざり合っていた。彼が任されたのは...
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シュレディンガーの指紋

朝、Kは静かに目覚めた。枕元のスマートフォンを手に取る。いつものようにニュースアプリを立ち上げる。今日の天気は晴れ、と表示された。しかし、画面を更新すると、瞬時に「雷雨」に変わった。Kは目を凝らした。再読み込みを試みる。今度は「曇り時々晴れ...
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増殖する夜行

夜の駅。タナカは最終列車を待っていた。今日の仕事は特に疲れた。電光掲示板に、見慣れない表示が点滅する。「特別列車、増殖号、〇番線より発車」〇番線は、普段使われることのない、錆びついた線路だった。やがて、汽笛とともに列車が滑り込んできた。それ...
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灯台の代償

沖合に立つ古い灯台は、今日も静かにたたずんでいた。灯台守のK氏は、定年まであと一年を切っていた。彼の日常は、規則正しかった。朝、レンズを磨き、機械を点検する。昼は、沖を行き交う船影をぼんやりと眺める。夕方には、日の入りを確認し、決められた時...